Health Tips

1.遺伝病と遺伝形式

ボーダーコリーと遺伝、遺伝性疾患

 遺伝病とは、遺伝により子孫にも病気が発症する病気を言い、染色体や遺伝子の変異が子孫に引き継がれて起こります。特に純血種では、近親間の交配が起こりやすいため、犬種特有の遺伝病が発症しやすくなります。これはボーダーコリーも例外ではありません。特にボーダーコリーは純血種として認められた歴史が浅いために、遺伝学的な観点での交配開始が遅れ、他犬種よりも遺伝病の発症リスクが高い可能性が指摘されています。
 犬も人間と同様に両親から1組ずつの遺伝子をもらっており、一頭の犬は合計2組の遺伝子を持っています。この遺伝子の変異が2つそろって初めて発症する遺伝の形式を劣性遺伝、いずれか片方に変異があれば発症してしまう形式を優性遺伝と言います。つまり、劣性遺伝の遺伝病では、2組持っている遺伝子のうち、1つのみに病気を起こす変異があってもその犬は発症しません。この様な状態を「キャリア」と言います。一般に2組の遺伝子が2つとも揃っている状態を「ホモ」、2つの遺伝子が互いに異なることを「ヘテロ」と言います。従って、「キャリア」=「ヘテロ」です。
 また、変異が起こる場所が1カ所に決まっているものを単一遺伝子病、数カ所の変異が関与するような遺伝形式を取るものを多因子遺伝病と言います。
 多因子遺伝病は遺伝形式が複雑ですので、遺伝病の発症を事前の遺伝子検査で防ぐことは困難です。一方、単一遺伝子による遺伝病は遺伝子検査を行う事で、確実に発症を防ぐことが出来ます。
 図はボーダーコリーの遺伝病を理解する上で、最も重要な劣性遺伝の形式(単一遺伝子病)を示したものです。


2. ボーダーコリーの遺伝病

 各疾患に関する解説は米国ボーダーコリー協会のHPを参考に、一部改変したものです(2018年1月)。このHPではボーダーコリーの遺伝病として9つの異常が挙げられています。最新の知見やエビデンスに基づいた内容が分かりやすく書かれていますので、興味のある方はご参照下さい。
 ここでは、それに加え、最近話題になっている、変性性脊髄症を加えた10の異常について解説します。

1) CEA(Collie Eye Anomaly: コリーアイ異常症)

 CEAは眼球の一部、特に網膜領域の発達不全が起こる常染色体劣性遺伝の疾患です。これにより、視力障害の症状が出ます。症状が強ければ盲目となりますが、多くの場合は視力障害に止まり、症状が進行することはありません。
 劣性遺伝(単一遺伝子:37番染色体)ですので、持っている2組の遺伝子にいずれも疾患遺伝子を持つ場合のみに発症し、1組の遺伝子のみが疾患遺伝子を持つ場合には発症せずキャリアとなります。両親共に、持っている2組の遺伝子に疾患遺伝子が無い(クリア:Clear)事が明白にされている場合には、血統上子供が疾患遺伝子を持つ可能性はありません。この場合には遺伝子検査を必要とせず、"血統上クリアである/Clear by parentage"と表現します。
 例えば、当犬舎のSaraは「血統上クリア」ですが、母がキャリアである事が分かっていたAstyは、DNA検査を行って、クリアである事を確認しました。
(参考文献)
1. Lowe et al. Genomics 282(1):86-95 (2003)

2) TNS(Trapped Neutrophil Syndrome: 捕捉好中球症候群)

 TNSは白血球の中で最も多い成分である好中球が血液中に出られない常染色体劣性遺伝のボーダーコリー特有の病気です。VPS13Bというタンパク質を記憶している遺伝子部分に異常がある事が分かっており、このタンパク質が働かないために、好中球がその生産場所である骨髄から出られなくなるのです。好中球は主に細菌などの外敵と戦う上で、極めて重要な兵力ですので、TNSの犬は感染症にかかり易く、多くは数ヶ月で死んでしまいます。興味深いことに、この病気はヒトの遺伝病であるコーエン症候群(Cohen syndrome)と病気のメカニズムや臨床症状が似通っているとされています。
 TNSも劣性遺伝(単一遺伝子:VPS13B遺伝子)ですので、遺伝情報表示はCEAと同様に扱われます。キャリア犬が病気を発症することはありません。
(参考文献)
1. K. Mizukami et al., Journal of Veterinary Medical Science 74, 797-800 (2012).

3) NCL(Neuronal Ceroid Lipofuscinoses:CL病:神経セロイドリポフスチン症)

 先天的な酵素の欠損により、本来細胞内のライソゾームで分解されるべき物質(主に老廃物)が分解されず、細胞内にそれが蓄積してしまう病気をライソゾーム病と言います。ヒトでは蓄積する物質がそれぞれ異なる50種類以上の疾患が知られています。このうち、セロイドリポフスチン(CL)が分解されず、神経組織に蓄積して神経が徐々に死んでいき、様々な神経症状を起こす疾患がNCLであり、常染色体劣性遺伝の病気です。この病気はボーダーコリーの病気として有名ですが、他の犬種にも起こり、ヒトにも同じ病気があります。
 この病気を発症すると、ボーダーコリーでは1歳半ごろより性格の変化や、コマンドに対する不服従などの症状が出始め、不随意運動や運動障害など多彩な神経症状が出現し、ほとんどの場合3歳になる前に死亡します。
 米国ボーダーコリー協会HPの表にもあるように、国外ではこの疾患は極めて希です。しかし、日本のボーダーコリーでは、NCL遺伝子のキャリア率が7〜8%と極めて高い事が判明しています。2012年に発表された論文では、日本国内でNCLの発症が多かった4犬舎を調べたところ、全82頭のうち、NCL遺伝子のキャリア率は32.9%で、発症した犬の割合は実に18.3%にもなりました。これは、NCLの事を知らず、キャリア犬同士で頻回にブリーディングを繰り返した結果でした。最近では日本の犬舎でも、ブリーディング前に遺伝病の素因をきちんと調べるケースも多くなってきました。しかし調べていない場合には、日本産のボーダーコリーは、NCL発症リスクが通常より高い可能性があることを、認識しておく必要があると思われます。
 NCLも劣性遺伝(単一遺伝子:CLN5遺伝子)ですので、遺伝情報表示はCEAと同様に扱われます。キャリア犬が病気を発症することはありません。
(参考文献)
1. 田村慎司 他, 広島県獣医学雑誌26, 1-6 (2011)
2. K. Mizukami et al., TheScientificWorldJournal 2012, 383174 (2012).
3. K. Mizukami et al., Vet J 214, 21-23 (2016).

4) HD(Hip Dysplasia:股関節形成不全)

 先天的に股関節の形に異常があり、関節が緩むことで亜脱臼(関節が外れかける)の状態になるものをHDと言います。股関節には運動によって大きな負荷がかかりますので、このような状態で関節を使い続けると変形性股関節症(Hip osteoarthritis(OA))の状態となり、痛みによって、動作が制限されるようになります。ヒトでも同様の疾患があり、先天性(発育性)股関節形成不全から変形性股関節症に至ります。
 HDの遺伝形式は複雑で、多因子遺伝病と考えられています。また、遺伝的要因以外に環境的要因も大きく、発育期の環境に大きく左右されるとも言われています。このためヒトにおいては、最近では「先天性」とは呼ばなくなり、「発育性」股関節形成不全と呼ばれるようになりました。これは下肢を伸ばした位置でオムツをするなどの間違った育児環境によって発症が助長される事などが分かってきたからです。
 従って、HDは遺伝子診断では分かりません。関節の形態をレントゲンで評価する方法が広く行われています。
 米国でのHD発症率は動物整形外科財団(Orthopedic Foundation for Animals (OFA))HPで確認することが出来ます。1974年から2016年までの集計では、最もHDの発症率が高いのはブルドッグで71.8%にもなります。ボーダーコリーは13,445頭が評価されており、犬種別で183犬種中109位の10.7%となっています。このうち2011年以降に産まれたものだけをみると、その発症率は10.7から8.4%に低下しており、約40年間にわたる取り組みの跡が伺えます。
 一方、日本では日本動物遺伝病ネットワーク(JAHD)がHDの評価を行っており、その結果はHPに公表されています。当犬舎では繁殖予定犬は必ず評価を受ける事にしており、その結果も参照できます。世界でのHD評価方法は統一されておらず、JAHDの方法は英国獣医協会/ケネルクラブ(BVA/KC)の方法に準じて行われています。結果は片側ずつ45点満点で記され、およそ11点以下が正常、12点以上は軽度、16点以上を中等度、21点以上を重度のHDとみなします。ただ、この評価は単なる目安であり、点数が低いほど、関節異常を有している可能性が低くなり、点数が高いほど可能性が高くなるというのが実情ですので、点数によって、正常と異常を確実に線引きするものではありません。
 2018年1月現在、JAHDのボーダーコリーの検査結果登録開示数は200頭程度にすぎません。欧米に比べ、ずいぶん取り組みが遅れているのが現状です。この結果を参照すると、左右股関節いずれかのスコアが、軽度のHD に分類される12点以上である頻度は19/201で、9.4%になります。つまり、日本でのHDの発症率は米国OFAで発表されている頻度とほぼ同程度と言えます。ただ、検査登録数が極めて少なく、よほどHDに対して意識の高いブリーダーしか検査していないとも言えます。従って、国内のボーダーコリー全てに言えるデータかどうかは定かではありません。ちなみに2007年からジャパンケネルクラブ(JKC)発行の血統書にJAHDの検査結果を記載できるようになっています。
 HDは多因子遺伝病であり、環境要因が遺伝要因よりも大きいとも考えられており、遺伝子検査で発症の有無を評価することはできません。評価の結果はレントゲンの結果を読影者が点数化し、(Hip Score=R:L=3:3, total 6)のように記載します。
(参考文献)
1. G. Verhoeven, et al., Vet Surg 41, 10-19 (2012).
2. Z. Zhou et al., PloS one 5, e13219 (2010).

5) IE(Idiopathic epilepsy:特発性てんかん)

 てんかんとは、意識を失って引きつけを起こす病気です。外傷や脳腫瘍など、明らかな原因があるケースと、原因のはっきりしない特発性てんかん (IE)に分けられます。後者のIEに遺伝的関与が指摘されており、犬の神経疾患として最も多く、犬全体の0.62%が発症しているという報告があります。
 ボーダーコリーでの頻度は不明ですが、米国ボーダーコリー協会の協力のもと、全遺伝子を調べて原因遺伝子を特定しようという研究がIEを持つ103頭とIEの無い105頭のサンプルを用いて、2013年に行われましたが、この時は原因遺伝子を特定するには至りませんでした。
 ボーダーコリーを含まない、ヨーロッパの8犬種(IE+:96頭、IE-:160頭)について調べた研究では、ADAM23という遺伝子に変異がある犬は、どの犬種もIEを持つリスクが少しだけ高い事が判明し、2017年に論文として発表されています。
 いずれにしても、IEは遺伝的な関与が予測されて来ましたが、現在までに決定的な遺伝子は特定されていません。恐らく複数の遺伝子が関与する上に、環境的要因も少なくないと考えられます。
(参考文献)
1. L. L. Koskinen et al., BMC Genet 18, 8 (2017).

6) 聴覚障害

 聴覚障害で遺伝の関与が指摘されているものが、生まれつき聴覚障害のある①先天性感音難聴(Congenital sensorineural deafness (CSD))、と3〜5歳で難聴になる②早発性難聴(Early onset adult deafness (EOD))です。
 CSDは古くから青い目の犬と関連が深い事が知られており、ブリーディング時に避けられてきた結果、ほとんど見かけなくなった犬種もあります。しかし、ボーダーコリーではスタンダードでブルーマールの毛色と青い目が許容されている事もあって、英国のデータではボーダーコリーの6%程度が少なくとも一方に青い目を持っているとされています。これらに関連する遺伝子として、M (MER:マール)遺伝子が知られています。M遺伝子は本来致死的な脱色遺伝子で、両親からそれぞれM遺伝子を引き継いで、MMの形式(ホモと言います)になると、死亡するか、盲目/難聴など重度の障害を持つ犬になってしまいます。しかし、一方からのみM遺伝子を引き継いで、Mmの形式(ヘテロと言います)だと、そこそこ健康で、変わった毛色(ブルーマール)を持つ犬となります。Mmでも毛色などにM遺伝子の特徴が現れるのは、M遺伝子が不完全優性遺伝という形式を持つからです。日本でのボーダーコリー500頭の調査では、3.2%がMmの形式を持っていました。ただ、CSDはM遺伝子だけで起こるのではなく、他の遺伝子の関与も推定されており、遺伝様式は完全に解明されていません。
 犬の老人性難聴は8〜10歳で起こるとされていますが、EODは3〜5歳で難聴になる疾患です。いくつかの遺伝子多型(個体ごとに塩基配列が微妙に異なる事)がこれに関与する可能性があると報告されていますが、詳しい遺伝様式はまだ解明されていません。
(参考文献)
1. S. Platt, J. et al., Vet Intern Med 20, 1355-1362 (2006).
2. L. A. Clark et al., Proc Natl Acad Sci U S A 103, 1376-1381 (2006).
3. K. Mizukami et al., Vet J 214, 21-23 (2016).
4. J. S. Yokoyama et al., PLoS genetics 8, e1002898 (2012).

7) BCC(Border Collie Collapse: ボーダーコリー虚脱)

 BCCは繰り返し起こる神経系の異常で、2歳前後で発症することが多く、典型的には5〜15分程度の激しい運動を行った後、5分程度で症状が出現し、5〜30分続くものです。運動中に発症する場合もあります。発症時は、ふらつきや四肢の強直などの種々の運動失調や精神状態の異常などを認めます。YouTubeで ” Border Collie Collapse”を検索すると、いくつかの動画を見ることが出来ます。

 右の写真はBCCの犬です。尾部の伸筋が強直し、後脚がつっぱっているのが分かります。(文献2より)

 BCCの犬では、心肺系、内分泌系、筋骨格系に異常がないにも関わらず、運動や過換気、高体温が引き金になって神経症状が出現すると考えられています。BCCの犬と正常な犬と比較した研究では、運動直後の生理学的指標(体温/心拍数、血中酸素濃度/二酸化炭素濃度/PHなど)や生化学的指標(ブドウ糖、クレアチニンキナーゼ(CK)、ピルビン酸、乳酸)に明らかな差は見つかっておらず、症状出現の詳しいメカニズムはまだ分かっていません。
 当初ボーダーコリーで報告されましたが、同様の病態はオーストラリアン シェパードやシェットランド・シープドッグ等にも存在する事が知られています。特定の犬種で発症しますので、遺伝的因子の関与が推定されていますが、遺伝子異常を特定した研究はまだ発表されていません。
(参考文献)
1. S. Taylor et al., J Am Anim Hosp Assoc 52, 281-290 (2016).
2. S. Taylor et al., J Am Anim Hosp Assoc 52, 364-370 (2016).

8) ビタミンB12(コバラミン)吸収異常症候群(IGS: Imerslund-Gräsbeck syndrome)

 コバラミンはビタミン(Vit)B12 とも言われ、DNA合成や葉酸(Vit B9 または Vit M)の再生産などに関与する必須の栄養素です。高等生物の体内では生成できないため、食事で摂ったり、腸内細菌が作ったものを吸収したりして、体内に取り込む必要があります。先天的にコバラミンの吸収障害があると、欠乏症を起こし、神経に不可逆的な障害を与えてしまいます。また、結果的に葉酸欠乏症につながって、悪性貧血や巨赤芽球性貧血を引き起こします。
 コバラミンは胃壁細胞から分泌される内因子と結合し、回腸表皮に存在する「CUBN蛋白(キュビリン)」とAMN蛋白(アムニオンレス)」の2つのタンパク質の複合体に結合したのちに細胞内に取り込まれます。つまり、内因子、CUBN蛋白、AMN蛋白のいずれが欠けてもコバラミン欠乏が起こります。ヒトで多いのは胃がんの治療などで胃切除をしたあとのコバラミン欠乏です。胃が無いために内因子ができず、吸収障害が起こって、コバラミン欠乏症に至りますので注意が必要です。
 先天的なコバラミン吸収障害は、犬では、オーストラリアン・シェパード、ビーグル、ボーダーコリー、ジャイアント・シュナウザー、シャー・ペイに存在する事が知られています。オーストラリアン・シェパードとジャイアント・シュナウザーでは、AMN遺伝子の異常が原因として特定され、最近、ボーダーコリーでCUBN遺伝子の異常(一塩基欠損)が原因として特定されました。これは常染色体劣勢遺伝の形式を取ります。研究はスイスからの報告ですが、この遺伝子異常を、ボーダーコリー193例中ホモ0例(0%)、ヘテロ12例(6%)に認めています。従って、ボーダーコリーでの発症は極めて希と考えられますが、発症例では、肝臓でのコバラミンの蓄えを使い尽くした後、生後6〜12週から成育障害や食欲不振などの症状が出始め、およそ1才頃に診断がつく事が多いとされます。
 米国ボーダーコリー協会でも、もしもラインにこのような症状を呈する犬がいる場合には、遺伝子検査を行う事を推奨しています。
(参考文献)
1. Owczarek-Lipska M, et al. PloS one 2013, 8(4):e61144.

9) ABCB1(MDR1)異常

 私達は様々な毒性物質に遭遇する危険があります。それに対抗するための一つに、細胞膜にある「P糖タンパク質 (Permeability glycoprotein)」が関与するメカニズムがあります。このタンパク質は細胞毒性を持つ疎水性(水に溶けない)化合物を細胞外にくみ出す働きをしているのです。このP糖タンパクをコードしている遺伝子(設計図)がABCB1 :ATP-binding Cassette Sub-family B Member 1(MDR-1: Multiple Drug Resistance 1)です。当初は、ヒトのがん細胞が抗癌剤に耐性を持つようになるときに、この遺伝子が活性化し、P糖タンパクを沢山作っていることが知られ、研究がすすみました。
 もしこの遺伝子に異常があると、有毒物質の細胞外排出が効率よく出来ず、薬剤投与時の副作用が出やすくなります。従って、この遺伝子異常は、厳密には「病気」では無く、薬を使うときに注意が必要な異常と言えます。
 犬では種々の犬種に変異(4塩基の欠損)が見いだされており、常染色体劣勢遺伝の形式を取ります。本邦の報告では特にコリー、オーストラリアン・シェパード、ホワイト・スイス・シェパードなどに多いとの報告があります(富士フイルムモノリス株式会社HP)。また、本邦のボーダーコリー220例の検討では、遺伝子異常を持つ確率は、ホモ0%、ヘテロ(キャリア)0.4%であり、ボーダーコリーの陽性率は極めて低いと考えて良さそうです。
 またボーダーコリーを対象とした研究では、上記の4塩基欠損以外に、3塩基が挿入される異常も薬の副作用発現に関連していることが報告されており、犬種によっては、他にも遺伝子異常が存在する可能性が指摘されています。
 これらの遺伝子異常がホモである(1対の遺伝子両方に異常がある)場合には、薬の副作用が出やすくなります。特に、抗寄生虫薬のイベルメクチンは多くの家庭犬にとって身近な薬ですので、注意が必要です。ただ、イベルメクチン投与で副作用が出現し始めるのは、ABCB1(MDR1)変異がホモに存在する犬で0.1mg/kgから、正常な犬で0.2mg/kgからとされています。従って、通常のフィラリア予防で投与する量(0.006〜0.012mg/kg)では問題になることは無く、寄生虫治療で投与する場合(0.05〜0.6mg/kg)に注意を要します。
(参考文献)
1. Merola VM, Eubig PA, Vet Clin North Am Small Anim Pract 2012, 42(2):313-333.
2. K. Mizukami et al., Vet J, 2016, 214, 21-23.
3. Han JI et al, J Vet Sci 2010, 11(4):341-344.

10) 変性性脊髄症(Degenerative Myelopathy)

 変性性脊髄症は脊髄に進行性の変性が起こる疾患で、人間のALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋委縮性側索硬化症)のモデル疾患ともされています。ALSは理論物理学者のホーキング博士の病気として、ご存じの方も多いかも知れません。ALSの9割は遺伝性ではありませんが、1割は遺伝性であり、細胞内の活性酸素を除去するSOD1(スーパーオキサイドディスムターゼ)という酵素をコードする遺伝子に異常を認めるものが、最も有名です。犬の変性脊髄症も同様にSOD1遺伝子に存在する異常と関連している事が知られています。
 変性性脊髄症は典型的には8歳以上の高齢犬に発症し、当初は、後ろ足から歩行障害の症状が出現し、徐々に神経症状は前に移行、前足にも同様の運動障害が出た後に、呼吸障害が起こってきます。発症から3~4年の経過でここまで進行すると言われています。
 ただ、変性性脊髄症は、まだ正確なメカニズムは解明されているわけではありません。現時点で言えることは、SOD遺伝子の変異がホモに存在する犬は変性性脊髄症の発症リスクが高いと言う事であり、常染色体劣勢遺伝と考えられます。
 この病気は、ペンブローク・ウエルシュ・コーギーやジャーマン・シェパード、ボクサー、バーニーズ・マウンテン・ドッグなどに多いことが知られています。最近、本邦でコリー29頭の遺伝子を調べたところ、27.6%がキャリアであったという報告がなされました。一方、本邦のボーダーコリー220頭を調べた報告では、キャリア率は1.6%(ホモ率0.0%)に過ぎません。
(参考文献)
1. Kohyama M et al. J Vet Med Sci 2017, 79(2):375-379.
2. Mizukami K et al. Vet J 2016, 214:21-23.

3. 遺伝子異常に対する考え方

 犬の遺伝病を少なくし、犬を種として繁栄させるために最も有効な方法は何でしょうか?それは恐らく、私達が、純血種を有り難がる風習をやめ、全ての犬を野に放って自然界の淘汰に任せることでしょう。遺伝子の多様性が種の繁栄に極めて重要である事は、皆が知っていることです。
 しかし、純血種をブリーディングし、チャンピオンを育むと言う事は、この自然の摂理と全く反対のことをしなければなりません。特にショーチャンピオンを目指す場合には、人間が決めたスタンダードに限りなく近づける事が要求されるからです。つまり、スタンダードに近い、似たもの同士を掛け合わせて純血種を継代する事は、遺伝子の多様性を失わせる危険と隣り合わせである事を理解する必要があります。犬の遺伝病が犬種によって、大きな偏りがあるのはこれが原因だと考えられます。
 つまり、純血種のブリーディングは、遺伝子の多様性をできる限り維持しつつ、スタンダードに近い仔を創出する事が求められているのです。
 ここで、ボーダーコリーの様々な遺伝疾患/遺伝子異常についてまとめましたが、大切な事は、遺伝疾患について正しい知識を持ち、交配犬の遺伝学的特徴に配慮し、遺伝病を発症させないブリーディングを行う事です。だからと言って、スタンダードに近いこと、既知の遺伝病遺伝子を持っていないことだけを重視するブリーディングでは、結果的に近親交配が起こりやすくなるリスクと隣り合わせであることをしっかりと認識する必要があります。
 私達は、既知の疾病遺伝子を持っていないことや、スタンダードに近いことは、ブリーディングをする上で大切だとは考えていますが、パートナーとしての性格や資質が、継代する上で、より重要だと考えています。飼い主と良いパートナーシップをもてる犬は、必ず幸せな人生を送れるはずですし、飼い主にもこの上ない幸福をもたらす事が約束されるからです。このような事を考慮した上で、既知の遺伝子異常は出来る限り排除していく、というスタンスが必要だと信じています。
 種々の遺伝子異常が解明され、検査が可能になった現代です。それらを十分に理解し、必要に応じて利用しつつ、人とのパートナーシップを重視し、遺伝子の多様性に配慮するブリーディングが今の時代には必要だと考えています。

       <文責:Sunny Hill Border Collies 2018年 / 上記内容は医学博士監修の元記載されました>

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